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遅ればせながら新大久保のヘイトスピーチに断固たる反対を表明する

ありがとうチモシー
ありがとうチモシー (1975年) (あかね世界の児童文学〈1〉)


おぞましいニュースを聞いた。まさかそんなことはないだろう、彼らが多数派になることはないだろう、遠からず収まるだろうと思って無視してきた。

そのような態度が最も卑怯であり後の大惨事を引き起こしてきたのだ。

学校のいじめもそうである。そんな異常なことはないだろう、続かないだろう、と多数が状況を看過しているうちに、いつのまにか、過激派が教室の多数派を牛耳ってしまう。そうなってからでは遅い。

遅いのだ。

現状私にできることは極めて限られている。どうぞ、頭の良い行動力のある人たちに懇願致します。本当に恐ろしいことが起こる前に、この忌まわしい連中を止めてください!




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児童書 | 【2013-03-30(Sat) 11:03:04】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
宇宙の呼び声

宇宙の呼び声 (創元推理文庫)宇宙の呼び声 (創元推理文庫)
(1990/08)
ロバート・A.ハインライン

商品詳細を見る


家族で宇宙旅行する話なんですね。宇宙船の名前がローリング・ストーン。確か中学英語で出てきたな。A rolling stone gathers no moss.って諺にちなんで名付けたと作品中でお父さんが言ってました。あと、前回のビーチャの増えるペットつながりで思い出したけど、モアモアだっけ、フワフアだっけ、なんか毛むくじゃらのモジャ公みたいなペットが船内で繁殖して増えすぎて困るみたいなエピソードあったね。てゆうかほかはほとんど忘れた。作者、ハインラインなんだね。これもちょっとびっくり。再読してみようかな。kindle版出してください。




児童書 | 【2013-01-14(Mon) 14:14:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ビーチャと学校友だち

ビーチャと学校友だち (1976年) (学研小学生文庫〈5〉)ビーチャと学校友だち (1976年) (学研小学生文庫〈5〉)
(1976/03)
ニコラーイ・ノーソフ

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子供のころ読んだ本を突然思い出すシリーズ!

ビーチャの友だちがね。学校の成績は悪いんだけど、動物飼うのが好きでね。自分の部屋で白ネズミを飼ってるんだけど、それが増えちゃってねえ。大変だったよ。あと、犬に芸を仕込んで、足し算ができる犬の見世物をやったら大盛況で、それまでネクラな感じでクラスでもパッとしなかったのが人気ものになってね。それはよかったですね、って話だった。おれが読んだのは子供向けの全集の一冊でタイトルも「ビーチャと愉快な仲間」だった。


児童書 | 【2013-01-13(Sun) 14:13:34】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
小さなバイキング
小さなバイキング (少年少女新しい世界の文学 1)小さなバイキング (少年少女新しい世界の文学 1)
(1967/07/30)
ルーネル・ヨンソン

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2008/12/06

村上春樹は、長編の創作は体力勝負だと言ったそうだ。そしてふと思い出すのは、小さなバイキング・ビッケが、目的地まで石を10個運ぶのと、20個を途中の半分の距離まで運ぶのは同じだ、と言っていたことである。ビッケは小さくて体力がないので、その分を機転と粘り強さで補うわけである。ほんに子供のころ読んだ本は人生の滋養である。

児童書 | 【2011-05-14(Sat) 17:36:25】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
桃太郎
桃太郎 (新・講談社の絵本)桃太郎 (新・講談社の絵本)
(2001/05/18)
齋藤 五百枝

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2002/05/25

桃太郎の話を4つに分けると、こんな感じだろうか。

1.桃から生れた桃太郎は怪力の持ち主だった。
2.桃太郎はお殿様から鬼退治を頼まれた。
3.きびだんごをやって、犬、猿、雉をお供にした。
4.お供と共に鬼退治をして、宝ものを持ち帰った。

これはまあ、起承転結に対応しているわけじゃないかもしれないし、桃太郎の話のどこが「転」になるのか正直わからない。が、「起承転結」には構成とか構成法という意味もあるようなので、そのようにおおざっぱに考えて先に進もう。まず思うのは、この順番に何か意味があるのか、すなわちこの順番を入れ替えたら失われるものは何かということである。

1.謎の若者がきびだんごをやって、犬、猿、雉をお供にした。
2.実は、彼はお殿様から鬼退治を頼まれたのであった。
3.彼は見事鬼退治をして、ある老夫婦の元に宝ものを持ち帰った。
4.謎の若者の正体は、桃から生れた桃太郎で、その老夫婦に育てられ、怪力の持ち主に成長したのだった。

どうだろう。別に順番を入れ替えても、話の辻褄を合わせることはできるよね。

1.お城に呼ばれた若者が、お殿様に鬼退治を命じられた。
2.彼の名は、桃太郎。桃から生れ、不思議な怪力を持つ若者だった。
3.桃太郎は見事鬼を退治し、宝ものを持ち帰った。
4.そしておじいさんとおばあさんに、共に戦った犬、猿、雉と出会った経緯を話すのであった。

小説の冒頭部で伏線をちゃんと説明しておかないと、クライマックスが唐突に感じられはしないだろうか。といって、冒頭から設定説明ばかりだと、退屈だろうし…。結局、小説の「起」って、どうあるべきかなあ、などと、生真面目な朝野十字は悩むのであった。しかしてハリウッド映画などでは冒頭からアクション・シーンが連続することがほとんどお約束みたいだし、それは観客を惹きつけるためだろうが、よく見ていると、アクション・シーンの合間に、背景やキャラ説明のシーンが必ず入っている。当り前のことだが、説明しなければならないことは説明しなければならないのだ。「説明しなければならないこと」は「起承転結」の「起」でもなければ、「設定・葛藤・クライマックス」の「設定」でもない。

次に「承」について考えてみる。「起」を桃太郎の生まれ育ちにすると、その後で鬼退治の話がくる。鬼退治の話をする時には既に、桃太郎についての説明は終わっているので、アクションの描写に専念できるだろう。逆に鬼退治の話を先にして、その後で桃太郎の生い立ちや鬼退治に行くことになったきっかけについての説明をする場合、鬼退治のシーンで、桃太郎やお供についてある程度は触れているわけであるし、いくつかの事柄――たとえば、桃太郎が怪力の持ち主であることの説明――を省略するか短い説明で済ませて、謎の解明にフォーカスできるだろう。

演劇などでは、起承転結に似た構成の方法として、「設定・葛藤・クライマックス・結末」などともいうようだが、「葛藤」については、たとえば探偵役の主人公が、犯人を追及する過程で様々な障害に遭うことも含めて、かなり広い意味で使われているようだ。だとすると、ストーリーは、冒頭で設定された枷がクライマックスで解決されるまで、常に葛藤を保持していることになる。そして、登場人物が気付かない悲劇が次第に近付くというストーリーもありうるだろうし、その場合、葛藤は読者の側にあり、登場人物の無邪気な言動のいちいちがサスペンスを盛り上げるわけである。そのような観点から桃太郎を見ると、確かに「葛藤」は存在するのであって、桃太郎の話は、不思議な出自の怪力を持つ桃太郎が、その怪力故に鬼退治を命じられ、主尾よく鬼を退治して宝ものを持ち帰る話なのであるが、冒頭で不思議な出生を果たした桃太郎が、どのように不思議な人物なのかと思って読み進めると、しょうこがない、だの、わらじがない、だの言って、薪取りに行くことを嫌がり、とにかく桃太郎は怠け者だという叙述が延延と続くわけである。そして非日常な出自と日常的怠惰の関連をつかめず読者の葛藤が募った挙げ句に、ようやく薪取りに出掛けて、そこで大木を引き抜くというモチーフが登場する。ひょっとすると、怠け者だったのは、近所の若者を庇うためで、というのも、力持ちの桃太郎が毎日山へ出掛けて大木を引き抜き続ければ、たちまち山は禿山になり、他の若者たちの仕事がなくなってしまうだろう、などと後から考えるわけであるが、それは読者の側の勝手な解釈であって、怠け者であることと怪力の持ち主であることの関係について、物語はなんの説明もしない。それでも、不思議な出自と不思議な怪力のイメージは整合的に並立するし、間に怠け者のモチーフが長々と入ることによって、(読者の側に葛藤が生じて、その解消としての)怪力の不可思議さがより印象深く読者に喚起される。さらに桃太郎が怪力であるかどうかは、鬼退治に行く資格があるかないかという意味を持ち、桃太郎が鬼退治というクライマックスに向かう途中の「葛藤」の一部であると考えることができる。

結局、葛藤が主人公の内面にあろうと、戦争や災害のように社会的なものであろうと、読者がそこにスリルやサスペンスやドラマを感じてこそ意味があるのであり、読者がそれらを感じることができれば、登場人物が悩んでなくても、葛藤の論理的説明がなくてもかまわないのだ。

ところで、小説は、時系列や因果律に合わせる必要がないので、どのモチーフをどこに持ってきても良い。現在から始めて過去に溯っても、結果から先に話してもかまわない。そして、小説の冒頭をどこから始めるべきか、その次にどのようなモチーフを置くべきか。また、その理由は何か。それらを考える時、私たちは、「起承転結」とか、「設定・葛藤・クライマックス」というような構成の分類法が、無力であることに気付く。私たちは、桃太郎が生れたところから始めても良いし、鬼退治をしているところから始めても良い。生い立ちから始めれば、これから起こるべき(鬼退治のような)事件へ向かって、事件から始めれば、そのような事件を起こすに到った(不思議な桃太郎の誕生のような)謎に向かって、ストーリーが進んでいく。つまりは、読者が冒頭から順に小説を読む以上は、どのモチーフが冒頭に来ようと、それがその小説の「起こり始め」であり「設定」になるのだ。どのようにモチーフを並べようとも、クライマックスに向かってストーリーのテンポが速くなり、緊迫感が増していくのは、もっぱら前段の内容を踏まえて後段を書いていく結果、説明が減り、事件または謎の解明がどんどん近付いてくるからである。

モチーフを入れ替えても物語が成立するということは、つまり、冒頭に相応しいモチーフや、結末になり得ないモチーフなどが存在するのではなく、どのモチーフも物語のどの場所にも置かれ得る可能性を秘め、そしてそこに置かれた後でその場所に相応しく成長する能力を予め備えているということだ。そして「起承転結」や「設定・葛藤・クライマックス」などの言葉は、どのモチーフをどこに置くべきかについて何も教えてくれない。それらの言葉は、すでに置かれたモチーフを場所によって分類したラベルに過ぎず、すでにある名作小説を説明するには便利な用語だが、ただの言葉の言い換えに過ぎない。単に冒頭に描かれたシーンが、作品全体の「起」であり「設定」であるのだ。それに続くのが「承」であり「葛藤」であるのだ。話が終わるところを「転結」とか「クライマックス」とか言うのだ。「起」とか「設定」とかは、「冒頭部」と同義で、「承」や「葛藤」は、(緊密に関連付けられ積み重ねられた)物語の中ほどの呼び名で、「転結」「クライマックス」は物語の終わりの部分の名称だ。それらの言葉はそれ以上の何ものも説明しないのだ。

小説の基本構成





児童書 | 【2011-05-14(Sat) 11:44:46】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
ネズナイカのぼうけん
ネズナイカのぼうけん (偕成社文庫 (2029))ネズナイカのぼうけん (偕成社文庫 (2029))
(1976/08)
ノーソフ福井 研介

商品詳細を見る

アマゾン、ノーイメージなんですね。
挿絵がとてもよかったのに……。

そう思って検索したら、英訳されたページ発見!
RussicaMiscellanea
http://home.freeuk.com/russica2/
The Adventures of Dunno
http://home.freeuk.com/russica2/books/nez/book.html

そうそうこれこれ! この絵だよ、懐かしいなあ!!

主人公はネズナイカって小人の男の子なんだけど、なにをやってもだめなやつなんだ。
友だちに一字違いのズナイカってやつがいて、こいつは頭がいいんだ。ドラえもんで言えば出来杉。

ズナイカが中心となって気球を作って冒険に出かけるんだけど、女の子の小人ばかりが住む町に墜落してね。ちょっとした誤解で、ネズナイカがリーダーだと間違えられて、女の子たちが彼に冒険の話をせがむんだよ。ネズナイカは嬉しくなって大法螺吹くんだけど、そのとき、テーブルの上のフランスパンみたいな細長いパンをつかんで、それでテーブルをポンポン叩くシーンがあって、いつまでも覚えてる。印象深くて、自作小説のワンシーンに使ったこともあるよ。

それで結局すぐばれて周囲からすっかりバカにされちゃうんだけどね。でも最後に一人だけ優しい女の子がいて、友だちになってくれるんだよ。

あと、ヨードチンキ博士っていたな。どんな傷でもヨードチンキを塗るのが一番いいと信じてる医者でね。女の子の町では、傷の治療にハチミツを塗るんだけど、そのことで女の子の町の医者と論争になってね。あと、ズナイカは、本棚をもってなくて、部屋に本が散らかってるんだけど、女の子の町の読書家の女の子は本棚を持っていて、ズナイカが感心してた。

女の子の町では、あと、スイカを品種改良したり、植物の茎を使って各家に水道を引いたり、かなり先進的な町だったね。

児童書 | 【2008-09-09(Tue) 20:49:54】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
すばらしいフェルディナンド
ルドウィク・J・ケルン, 内田 莉莎子, カジミェシュ・ミクルスキ
すばらしいフェルディナンド
ルドウィク・J・ケルン, 内田 莉莎子
おきなさいフェルディナンド

フェルディナンド・ゴリッパー。

懐かしいなあ。

君はぼくの幼馴染だよ。

いつまでも大切な友だちだよ。

ソーセージとキャベツを炒めた――いや、シチューかな。それとも酢キャベツにソーセージをのせた料理なんだろうか。はっきり覚えてませんが、とにかくそういう料理がポーランドにあるそうですよ。

フェルディナンドはそれが好きなんです。

ただし、ソーセージたっぷりでキャベツちょっぴりのやつが好きなんですよ。

いつか、ポーランドに行って、ソーセージたっぷりでキャベツちょっぴりのポーランド料理を食べるのが夢です。

60.分節を構成する要素・其の三
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00060.htm


児童書 | 【2008-09-08(Mon) 21:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
小さい魔女
オトフリート プロイスラー, Otfried Preussler, Winnie Gebhardt‐Gayler, Anthea Bell, アンシア ベル, ウィニー ガイラー
小さい魔女 - The Little Witch【講談社英語文庫】
オトフリート・プロイスラー, 大塚 勇三
小さい魔女 (新しい世界の童話シリーズ)

脈絡ないシリーズ第二弾!

和書で検索すると表紙絵が出なかったんで、英語版の表紙を引っ張ってきたんですがね。
ぼくがむかし読んだのも、これとまったく同じ表紙絵でしたよ。懐かしいなあ。

とにかくねえ、おもしろかったなあ。

冬の間、ずっと暖炉の前に座り込んで、焼りんごを食べるのが楽しみだったんですよ、彼女。
なんて名前か忘れましたけどね、小さい魔女、とは言え、たしか100歳超えてたんじゃないかな。

カラスのアブラクサスが説教するわけですよ。冬場も外に出て人助けしていい魔女になれってね。

でもそんなことより、焼りんごがとてもおいしそうでねえ。子供のころ、お話の中に出てくる食べものがどれもとてもおいしそうに感じられたもんです。

たしか、「白ネズミ・ピー君の冒険」ってタイトルだったと思うんですが、検索しても出てこないんで間違えて覚えてるみたいですが、ネズミがいろいろ冒険して、最後は、ある男の子の家で飼われることになるんですがね。それまでいろいろ苦労して、あるとき、すごくお腹を空かして、虫の幼虫を掘り当てて食べるんですが、食べてる描写が読んでてほんとおいしそうで……。虫の幼虫って丸々太って汁気たっぷりですよね。ジューシーな感じが伝わってきて、しかもお腹が空いて死にそうだったところがそれで助かって、ほんと、よかったなあ。

小さい魔女に話を戻すと、彼女が呪文を唱えるとき、「彼女はなにやら呪文を唱えた」といったような書き方がされてまして、子供心に、呪文の言葉をちゃんと書いておいてくれれば、自分もその魔法を使えただろうに、と思ったことを覚えています。子供ってそんな風に考えるんですねー。

60.分節を構成する要素・其の三
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00060.htm

児童書 | 【2008-09-07(Sun) 09:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
点子ちゃんとアントン
点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)点子ちゃんとアントン (岩波少年文庫)
(2000/09)
エーリヒ ケストナー

商品詳細を見る

脈絡なく不意に思い出すシリーズ!

まったく内容覚えていません。
今後再読する機会もおそらくないと思います。
映画化されたそうですが見てません。

でもおもしろかったという記憶ははっきりあります。

だから自信を持って紹介します。
なにか児童書を探しているなら、これどうぞ!

「点子」って和訳が強烈ですよね。

児童書 | 【2008-09-06(Sat) 22:47:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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