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硝子のハンマー
貴志 祐介
硝子のハンマー

一向に文庫落ちしないんで、アマゾンでハードカバー買っちゃいましたよ。てゆうかこの人の場合、文庫本で書下ろし出版した本が、その後ハードカバーで再出版されたりしてますからねえ。売れてるってことだよねすごく、才能ある人は羨ましいねえ。てゆうかてゆうか、この人、今まで出版した全作品が書き下ろし長編じゃないの? 欧米のベストセラー作家並みに、出版社が、何年かかってもじっくり長編書いてくださいお願いします、ってスタンスなんだろうか?? 憎いぞこのっ!
いやーもうこの人あ、何書いても面白いんだよね。器用というかそつがないというか、けれども決してこじんまりまとまるんじゃなくて、SFタッチでもモダン・ホラーでも、そしてミステリでも、常にジャンル小説の枠を超えたスケールでベストセラーを書ける人なんだね。
世間には先天的にミステリが苦手な人もいるそうですが、この作品でもこの作者のポピュラリティは健在ですから大丈夫。ガチガチの人は本格じゃないとか言うかもね。バカ、そんなの面白けりゃいいんだよ。いやほんと貴志祐介、羨ましいぞ。お勧め五つ星。

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ミステリ/エンタメ | 【2005-11-30(Wed) 09:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
文学理論
ジョナサン・カラー, 荒木 映子, 富山 太佳夫
文学理論

なんかこういう本が好きなんですねえ。つい買ってしまうんです。で、一読して、なかなかおもしろかったんですけれども、たとえば、ポピュラー・カルチャーを研究することは、イギリスではエリート主義への反発を意味するが、アメリカではそもそも文学にまつわるエリート主義が希薄なので、逆にポピュラー・カルチャーをアカデミックなものに格上げする試みになってしまう、というあたりですね。そしてそれは、文学でも文学理論でもなく、外から覗き見た文学研究の状況についての解説であって、芸能人でない人たちが芸能ゴシップをおもしろがるように、文学ってなんだろうと思っている私のような部外者にとって、このような解説書がおもしろいということかもしれません。
ところで私が最も気になったのは、「……十八世紀の後半から二〇世紀の半ばにかけて、抒情詩という短い物語性を持たない詩が文学の本質とみなされるようになった」(p.109 文学理論、ジョナサン・カラー、岩波書店、2003)というくだりで、その前後の文脈と無関係に、何かはっと気付いた感じがしたんですよね。私は「散文の理論」「ロシア・フォルマリズム」を読んだだけで、次のような疑問を感じたんです。――フォルマリズムが詩的言語のみに偏重した文脈によって語られ、シクロフスキーは詩的言語の散文への適用に際して曖昧であるという奇妙な解釈が幅を利かせているのではないか。さらに、シクロフスキーが繰り返し論じた小説の構成については、それは本来、散文における異化効果についての論だったのだが、いつのまにか物語論の先駆けであり、プロップなどに発展的に継承された、というふうに間違った系譜の中に位置づけられるようになってしまったようだ、と。
頭の良い人たちは、網羅的に知識を勉強し、全体像を把握しようとしがちです。この方法は、全体像について予断を持ち、過去の業績をそれに合わせて変形してしまいがちな危険性を持っています。「散文の理論」を読めば、それが現代の物語論とちっとも結びつかないと気付くし、そうでない人は、ひょっとしてひょっとしたら、「散文の理論」を読んでないのではないでしょうか。実は、ヤーコブソンや、文学とはまずは詩であるという固定観念も手伝って――フォルマリズムが詩的言語に偏重した文脈によって語られてがちなのではないでしょうか。
私は「散文の理論」しか読んでいないから、かえって気づくこともある――シクロフスキーが「散文の理論」で主張したのは、詩が詩的言語によって異化されるのに対して、普通の言葉である散文を使った小説は、視点と構成によって異化されるということなんです。「散文の理論」において、詩的言語の話は枕に過ぎず、散文における異化効果こそが主論なんです。それは詩とも演劇とも違う散文を使う小説に特有な特徴についての論なんです。それが、以前に紹介した「ロシア・フォルマリズム」からも、今回のこの「文学理論」からも、ごっそり抜け落ちているようで、どうやら残念なことに、文学理論が小説から離れて映画や演劇やサブカルチャーや人間一般の理論へと広がるにつれ、本家本元の小説に関する理論がどこかへ埋没してしまったんじゃないかという気がします。

評論/ノンフィクション | 【2005-11-28(Mon) 09:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
呪われた町
スティーヴン・キング, 永井 淳
呪われた町 (上)
スティーヴン・キング, 永井 淳
呪われた町 (下)
スティーブン・キング、ジョン・グリシャム、シドニー・シェルダンなどが矢継ぎ早に翻訳されどこの書店でも見かけるのはなぜなんだろうか。アメリカのベストセラー作家ばかりがこの国を呪縛しているのはどんな因果応報なんだろう? ヨーロッパやアジアや中東やアフリカではどんな面白い小説がベストセラーになっているんだろう? それはわかりませんが、ともかくも、これらハリウッド的単純明快なストーリーに生理的嫌悪感を持つ人もいるようです。
以前にアメリカで、ハリウッド映画のビデオをアメリカ人と一緒に見ていたら、クライマックスで、"It's Hollywood." とつぶやいて、それがちょっと小馬鹿にしたようなニュアンスらしいんですね。
この本は、吸血鬼物語の古典通りのストーリーだと巻末の解説に書いてあります。確かにそうですけれども、本当にそれだけ――つまり本当に紋切り型のお話なら(いくら日本がアメリカの植民地とは言え)ここまでベストセラーにはならないんじゃないかと思います。
とても読みやすいですが、アメリカの小さな田舎町の人々の暮らしが丁寧に織り込まれています。それから、プロットにも細かい気配りがされてあって、ページ毎に読者の気をそそる工夫が凝らされています。主要な登場人物のうちで、この人は最後まで生き残るだろうとか、この人は死んでほしくないなと感情移入した人から順に恐ろしい殺され方で殺されていきます。型通りに話を進めるように見えて、実は要所要所でそれを微妙に裏切るんですね。そう言えば、グリシャムもシェルダンもそういうところがあると思います。
ベストセラーを小馬鹿にするのは簡単ですが、決して侮れない技巧に満ちているようです。

264.中二階のある家を捜索する・其の十四
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00264.htm
276.技法と逸脱・其の五
http://juji.hp.infoseek.co.jp/text/howto00276.htm

SF/ファンタジー/ホラー | 【2005-11-22(Tue) 09:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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