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行為としての読書
ヴォルフガング・イーザー, 轡田 收
行為としての読書 美的作用の理論

抽象的な言葉が延々続いて実例がちょっぴりしか出てこないし、哲学者らしき名前が羅列されて、それを読んでいることが当然の前提であるかのように引用されるので、最後まで読み通すのに非常に時間が掛かりました。
でも、今のところ私が理解できた範囲では、イーザーの言ってることは、そりゃそうだろうな、と思えるような穏当な理論であると思います。イーザーは芸術の特徴を美的価値にあると言い、そのような美的価値は、読者が読書する過程を通じて生じる現象であり作用であると言います。
たとえば、「トム・ジョーンズ」という作品では、最初、ある登場人物が完全無欠な人間のように描かれますが、やがて詐欺師にあっさり騙されてしまい、そのような眼識のない人物であるとのテーマが新たに提出されます。ところが、彼はある若者の犯罪を善良な心から出たものだと見抜いて、彼を許します。
読者が読解の過程で引き出す作品の意味は、次々登場するモチーフによって段階的に取捨され、変遷していきます。そのような読書行為の過程を通じて、モチーフのイメージが強められ、異なる規範が比較対照され、より高次の意味内容に統合される中で、美的作用が生ずる、ということのようです。
この言われてみれば当たりまえのような気もする結論は、しかし、イーザー以前の新批評や構造主義批評の杜撰さを鋭く突いています。小説に書かれた言葉の意味と、その意味を読者が汲み取っていく過程で生ずる意味内容は、異なるのであり、作品と呼べるのは読書行為を通じて生じる現象としての意味内容のほうであるから、テキストの意味だけにこだわっていたのでは作品の解釈が行き詰る、ということのようです。

小説の基本構成
登場人物の登場過程
中二階のある家は感傷的か

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評論/ノンフィクション | 【2006-03-12(Sun) 09:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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