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鳩山文学を詩学ストラテジーで読み解く 第二回
報道2001[2010/05/23]フジテレビ
石破議員:名護の市長選挙の前にきちんとしてくださいと、民意を問うてしまったら、それはもう戻りませんよ。名護の市長選挙前に現行案を基本としてやるということでやってくだされば、自民党は協力しますと言ってきた(……が名護の市長選挙で辺野古現行案反対派が当選し)沖縄であれだけの大反対デモが起きた(……鳩山は)民意というものを少し軽んじてないか。
(……)名護の選挙というのはなんだったのか。私たちが言ってきたのは、奇跡に近いことだったということ、下地さんの言うようにみんな反対ですよ、その中にあって、岸本さん(1999年当時辺野古案容認派の名護市長)、島袋さん(辺野古案容認派の前名護市長)、どれだけ苦渋の決断をしてやってきたか、命を賭け職を賭け本当にぎりぎりの選択をしてきたと、それを見事に覆したわけですよね。これは大きいですよ、名護の市長選挙、だからその前にやろうと。

うーん、味わい深いですねえ。

石破先生の話を約めると、民意に照らして、岸本・島袋の容認派が当選したのは奇跡だった、その奇跡の間に辺野古移転をゴリ押しすべきだったしそうであれば自民も協力したのに、ルーピー鳩山が名護市の市長選を待ったために、本来の民意が示され、辺野古移転ができなくなった。ゆえに鳩山は民意を軽んじている……。

呆気にとられますね。だらだらテレビで聞き流すとふーんですんでしまうところ、文字に起こして要約すると、愕然としますねっ! 民意が怖い、だからそれを無視すべきだったのにそうしなかったことが民意を軽んじたということだ、自民党の著名議員がこんなことテレビで公言して、それが日本国民に聞き流されているというポストモダン文学状況!

しかしそれよりも今注目したいことは、もともと、辺野古は無理筋だったということですね。国防の専門家である元防衛大臣・石破議員の言うとおりスムーズな辺野古移転が日米の信頼関係にとって致命的に重要であるならば、それがこのようなまぐれ当たり的奇跡にすがっていたことこそ、よほど日米同盟の根幹に関わる由々しき大問題でしょう。

サンデー・フロントライン[2010/05/23]テレビ朝日
岡本行夫:さあ、これでこのまま飲めと言うと、私はね、これ、辺野古が火の海になる可能性があると思いますね。全国から活動家が集まってきて97年のときようなことになってしまう、そうするとにっちもさっちもいかなくなる。

抑止力についてはシロウトなのでよくわかりませんが、シロウト目にもはっきりしているように見えるのは、辺野古に新しい米軍基地を建設することは不可能になった、という一点ではないでしょうか。

今回の事態を通じて、右から左まで日本人全員が、もともと無理筋だった辺野古案はやっぱり無理だった、と思い知りました。しかしてその文学的表現が、「現行案とは違う辺野古案」という鳩山発言であることを、すぐ次の段落でご説明いたします。

いったい、エドモン・ダンテスが死の淵から再生し、モンテ・クリストとなってメルセデスに再会したときのことを思い出してください。冒頭でメルセデスと婚約したころとは、何もかもがまるで違ってしまっていましたよね。

文学において、生と再生、出会いと再会は、微塵も似ても似つかぬ完全に異なるモチーフなのです。なぜなら、プロットの展開を通じて読者の認識が一変しているからです。

二度めの辺野古案が一度めのものと異なるという鳩山発言は、だから文学的には完璧に正当であり、そしてそれがなぜ重要かというと、鳩山文学の主人公・鳩山首相が文学的に正当な発言をしていることは、それを詩学ストラテジーで読み解く拙文の解釈の妥当性を傍証し、さらに相互主観的文脈において、鳩山文学がその内部において整合な等価系を作り出していることを担保する証拠となるからなのです。

詩学は論理である。なぜならば、たとえ気のふれた人の書きなぐった詩であれ、その解釈は論理的であるからであり、詩学とは詩の内実ではなく、その解釈のほうを指す言葉だからであり、詩学の論理は人間総体を貫く論理であり、なんとなれば、パンのみにあらず、人間とは文学的存在だからであり、デイビッド・ヒューム言うところの諸学の王とは、詩学です。

社民党党首記者会見[2010/05/28]
福島瑞穂:沖縄を裏切ることはできない。数々の犠牲を払った沖縄に負担を強いることに加担することはできない。私を罷免することは沖縄を裏切り、切り捨てることだ。

それぞれがそれぞれの立場で好き勝手なことを言い出した現状を、詩学用語では、ポリフォニーと呼びます。ポリフォニーには矛盾とか背反といった意味はありません。たとえば前回触れた、川内議員がなぜあんなに大はしゃぎしてるのかについて、鳩山首相の意向を受けてるのか受けてないのか、というようなテキストの裏を読もうとすると、矛盾であり背反であるように思えます。けれども、鳩山と川内をフラットに並置し、同じ位相のテキストとして眺めれば、人それぞれ異なる意見を持つのは矛盾ではなく自然であり、ただのポリフォニーであると気づくし、そう考えるほうが解釈としてずっとスマートです。

そんな中、唯一沈黙を保ってるのが一方の当事者であるアメリカ政府です。

報道2001[2010/05/23]フジテレビ
下地議員:(今回の合意では辺野古周辺のどこでどういう工法で作るかは後で考えるとあるが)どこで何を作るかまで合意しなければいけないというのがアメリカの考え方だったんですよ。後退したんですよ。決め打ちしないで工法も先延ばししてやろうという、なにがあったかということを考えなきゃならない。


なるほど、アメリカの譲歩だという見方もあるのですね。今はこれについて議論したくない事情がアメリカ側にあるのかもしれません。が、もちろんアメリカの事情などテキスト解釈と無関係。重要なのは、百家争鳴の中、アメリカ政府だけが沈黙しているというモチーフの対照関係。

イーザーは、テキストの空所を否定する読書過程を通じて、並立的に提示された複数の人物や事件から弁証法的に読者がより高次の意味内容を獲得すると言います。一貫性形成のために意味を引き出そうとする読者は、ポリフォニーとただ一箇所の空所との対照から、アメリカ政府の沈黙をまざまざと実感し明視(異化)する方向へドライブします。そしてそれは読者の側の心的エネルギーによって実現します。(USJのアトラクションが、精密な機械と膨大な電気エネルギーによって実現されているのに対して、紙にインクで印刷されただけのそれ自体はなんのエネルギーもなく発電もしない傑作小説がUSJに比肩し時にはそれを超える感動を人にもたらすことがあるのは、読者がエンジンとなり自らのエネルギーで物語に感情移入するからです)

詩学ストラテジーがはっきりと指し示していること、それは、アメリカ政府の沈黙が百家争鳴の中におかれたとき、私たちは自らのエネルギーを自然とアメリカ政府の沈黙に向け、それをまざまざと明視することになる、ということなのです。

しかしそれは今すぐということではありません。ストーリーの典型に照らせば、ポリフォニーが現れるのは、主要登場人物の紹介が終わって、読者がそれぞれのキャラを把握し終わったあと、ミステリで言えば冒頭の謎の提示が終わった辺りであり、まだ中盤に入っていません。当分はポリフォニーが続くように見えるでしょう。けれどもクライマックスに向けてさまざまな伏線が置かれる時期でもあります。

マスコミは、鳩山が何を考えてるのかああだこうだと書き立てますが、彼ら詩学の素養のない連中の印象批評は、ただの小学生の読書感想文でしかありません。鳩山の内面など読解とまったく無関係。テキストは明らかに辺野古断念・普天間縮小を指し示しています――なぜならば、鳩山キャラの設定から見て、この登場人物は二つめの辺野古案で中央突破しようとし続け、しかもなぜかできる限り善人面し続けるでしょう。しかして、自分で決めた日米合意を「陳謝」し、自分で決めた福島罷免を「残念」という高度に文学的な鳩山が、突然現実的な豪腕総理となって辺野古で決着できると信じる人は皆無でしょう。もちろんプロットのセオリーから見ても、そんな展開はありえません。

鳩山キャラが奮闘すればするほど、三四郎それから鳩山、そんなヘタリア・イメージが辺野古に二重写しで刷り込まれ、あーやっぱり辺野古はどだい無理だったーーという無力感・脱力感が周囲にまざまざと増幅し続けることになるでしょう。詩学ではこれを、アンチクライマックスの技法と分類します。

さらには、鳩山がやめても、辺野古移転と聞くたびニタニタ笑いの鳩山顔が浮かび上がって無意識のうちに嫌悪感が込みあげ、辺野古移転そのものが不協和な忌まわしいものになっていく――すなわち文学の磁場によってシンボルの転移が起こるのです。

辺野古移設反対派はここをせんどと反対のボリュームを高め、辺野古移設賛成派は、鳩山及び民主党では見返りの経済支援策が不透明だと不信感を強める……。ポリフォニーは増大し、真の手がかりはレッドへリングの森に埋もれる……。

アンチクライマックスは高度な技法で、ワナビーな作家志望者にはまったくお勧めできないのですが、しかもそれを序盤に持ってくるという、チェーホフもびっくりな斬新な構成。

特に、シロウト目に一番不思議なのは、辺野古移転が挫折すればグアム移転も挫折し、普天間が存続する、という主張ですね。同じ家に住んでいた兄弟のうち、兄はグアムに引越し、弟は辺野古に引越す。で、弟の辺野古への引越しが決まらないと、兄がグアムに引越せない理由って、なんなんでしょうか。

今回の日米合意で、辺野古がデッドロックになることは確定、つまり弟は辺野古へ行かない。では兄はどうするのか。2014年までにアメリカは決断しなければなりません。

今後の展開が楽しみです。


Imagine there's no realism
It's easy if you try
No causality below us
Among us only each thought
Imagine all the people are poets...

Imagine SDP doesn't need to secede coalition
It isn't hard to do
Nothing to decide or give up for
And we can wait
Imagine all Marine Corps moves to Guam...



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時事/ブログ観察 | 【2010-05-29(Sat) 08:19:36】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
鳩山文学霧深し! - 上杉隆編
小島慶子のキラキラ[2010/04/11]TBSラジオ
http://www.tbsradio.jp/kirakira/2010/05/2010511-2.html

上杉:(5月末)決着というのはこれは微妙なのは、途中から決着という報道が出てんですけど、実は最初のときは、方針を示すと言ったんです3月のとき(……)鳩山さん自身は(……)5月4日以降(決着と)言い出しましたけれども(……)
上杉:川内さんがその沖縄基地移転問題の議連、ていうのは実は、2002年に鳩山由紀夫さんが作った議連なんです……。
小島:えーっ! そうなんですかー!!
上杉:で、総理になったんで、総理は議連の会長やれないんで、川内博史さんに譲ったんですね、後は頼むと。だからもしかするとこれを隠してたのかなと……。
上杉:岡本行夫さんも確か森本敏さんも急に要するにプレゼンス、沖縄に海兵隊はある必要はないと、日本(国内ならどこでもいい)だと言い出してるんですよね。
神足:昔は違ったんですよね、沖縄じゃなければだめだと。
上杉:それが岡田外務大臣も沖縄じゃなくて日本にあればいいんじゃないかと言ってますし(……)みな発言が、神足さんおっしゃるように発言が少しずつ微調整してる……。

上杉さん、あなたはつい先日、鳩山&平野辞職を正々堂々と主張したんですよ。今更テニアンとか、上杉隆自身が大幅に「調整」している件!

しかしまあ、それはさておいても、鳩山首相が5月4日になって「方針」から「決着」へハードルを上げたのは知りませんでした、気になります。さらに、ドンキホーテに見えた川内博史議員が、鳩山首相から後任を託されたということも、市井の一庶民、朝野にとって驚きだったので、これをそのままretweetしようと思ったが、ツイッターはまだよくわからないので、ここにメモしておきます。

時事/ブログ観察 | 【2010-05-11(Tue) 21:25:06】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
鳩山文学を詩学ストラテジーで読み解く

ルーピー朝野です。
前回の推理大外れでございます。
いやあ、まいった。

しかし、現首相の言葉だろうとひとつのテキストであり、その読解を間違えたのはあくまで読解戦略上の問題です。一般常識という既成概念を暗黙の前提にしたのが失敗の原因でした。しかして既成概念を読解戦略として真のテーマをつかみ損ねるという経験は文学鑑賞上ごく普通にあることであり、なぜならばそのような誤読とその止揚の積み重ねの上に深い文学的感興があるのだからそれが文学の当たり前の戦略であるわけなのですが、それを応用すれば、一見不可解な文学的鳩山文脈を必ずや解読できるはず。

鳩山さんは、精一杯がんばったとさえ言い張れば、必ず周りが許してくれると信じている。この可能性、あると思いますよ。子供のころの家庭環境ですね。
いたずらしました、嘘をつきました、うまくできませんでした、と正直に言うたびにママが褒めてくれていた可能性。いくら現実から乖離しても、本意は善意だったと言い張れば、ママは許してくれたし、家族は黙認してくれたし、妻は自分の理想を支持し続けてくれたという成功体験によって今の彼の人格形成がなされていると考えると、故人献金疑惑のとき、ルーピーな(現実から遊離した)言い訳を一生懸命言い続けていたこともうまく説明できます。

「辺野古を埋め立てるのは冒涜だ」というのは、一般常識では辺野古移転に内心は反対だという解釈になりますが、鳩山文脈では、「本意は善意だった、ぼくは一生懸命やった、だからこう言えば言うほどより許してもらえるはず」となるわけです。

習い性となり、鳩山さんは今後も同じ手口で中央突破を図るだろうと予想します。
要するにこんな感じでしょう。

鳩山「沖縄の思いを尊重したい」
沖縄「基地はいらんからそのことアメリカに伝えて」

鳩山「基地は要らないそうです」
米国「いや、要るから。沖縄を説得して」

鳩山「やっぱり要るそうです」
沖縄「何やってたんだよ。普天間即時返還・辺野古移転断固阻止!」

鳩山「結果はともかく皆さんの思いを大事にして一生懸命がんばりました(キリッ」←今ココ

普天間返還も辺野古移転も完全にデッドロック。

悪者になりたくないアメリカがなんらかの譲歩。

うーん、意外といいかも。

アメリカは私たちが思ってるよりずっと強く沖縄の批判の矢面に立つことを怖がってると思いますよ。フィリピンだって、国民的な運動になったら出て行きましたしね。というのも、イラクだってアフガニスタンだって、そういう普通の国では、地元の人と対立したら、即海兵隊の身の安全に関わってきますからね。



時事/ブログ観察 | 【2010-05-05(Wed) 10:08:23】 | Trackback:(0) | Comments:(0)

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